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「結城市・利根山光人記念館」の夢に向けて

  • 2016年06月19日(日)更新
利根山光人展」いかがでしたでしょうか?光人先生の作品をとおして、その芸術性や創造性、そしてこれらすべての源となる深い情熱を、少しでも感じ取っていただけたなら望外の喜びです。
 今回の展示をきっかけとして、これからも機会を見つけて、できるだけ多くの市民の皆様にご覧いただけるよう、新たな企画展などを実現したいと考えています。
 光人先生の作品などをお持ちの方、先生とご縁のある方、いつでも構いません、お気軽に声をかけてください。引き続き、先生についての情報を集めています。
 皆様のご協力により、結城が生んだアーティスト・利根山光人先生に、まさにここ結城の地で小さな光を当てることができました。この光を少しずつ広げながら、強くしながら、利根山芸術の感動の輪を大きくしていくことで、いつの日か「結城市・利根山光人記念館」の夢が成就することを切に望む次第です。
 ご理解とご支援のほど改めてお願いいたします。

園長・鮎澤伊江

生きる力を育てよう。それには、幼児期に遊び込ませることです

  • 2014年04月01日(火)更新

学校法人鮎澤学園 理事長
富士見幼稚園 園長
鮎澤伊江(あゆさわ よしえ)


やる気は、誰の心の中にもあるのでしょうか?

あります。子どもの心の中には、誰にでもあります。何でもいい、何か生活の素材を準備しておくと、子どもたちはすぐに飛びついてきて、本気で取り組み始めます。この「やる気」がとても大切なのです。

やる気をなくした時も大丈夫、ほめてあげると100%、やる気がわいて出てきます。好奇心おう盛で何でも一番でないと気がすまない時期に「やったんだ」という自信をしっかり身につけさせること、これが世の中を生き抜くための生活力と集中力を養う原動力になるのです。

つまり「やる気」とは、
幼児期において十分に遊び込ませることなのです。

富士見幼稚園の生活は、毎日が生き生きしています。たきぎを燃やし、木を組み立て、園庭を走り回り、 小動物をかわいがり、動物の死に直面してお墓をつくり、種まきをして収穫する・・・。

小さくても子どもたちは日々成長し、現実の世界に向かって走り始めています。必要に応じて数を数え、文字を使い、ケンカをしたり、仲良しになったり、泣いたり笑ったり、一人の人間として、その日その日をまさに生き抜いているのです。

大人社会のありのままの姿を空気のように吸ってははいて、子どもたちは成長していきます。開園から38年以上、私はそんなエネルギーに満ち満ちた園児たちの息吹のようなものを感じ続けてきました。

ふじみの卒業生たちは皆、実社会で活躍しています。各分野でがんばっている卒業生たちの活躍を耳にするたび、私はいつもうれしい気持ちでいっぱいになります。

私たちといっしょに、ふじみっ子を育てませんか?

富士見幼稚園開園落成式あいさつ(1977年(昭和52年)4月28日)

  • 2013年04月28日(日)更新
私ごとで恐縮ではございますが、ここに私という園長が誕生したことについてふれたいと思います。

私は、昭和17年12月14日、浅草の山谷で生まれました。大変人間味のある、また、人間の葛藤のような町でございます。私は小さい暗から心を痛めておりました。なぜこのような人たちは山谷に来たのだろうかと、常々考えておりました。

そんなある日、父から「お前は、大きくなったら何になるんだ」と聞かれました。「幼稚園の先生か、養老院をやりたい」と言いますと、父は「これから大人になるのだから、幼稚園をやってから養老院をやっても遅くない」と言いました。その時、私は高校二年生でした。そして高校三年生の6月、父は急性心臓マヒで他界しました。私が17歳の時でございます。

それからは父の遺言のようなつもりで、幼稚園建設を17年間夢見ながら今日を迎えたのであります。その道は長く、今の心境は出産を終えた母親のようであります。

生まれた幼稚園には、これから雨の日、風の日、病気のときもあるでしょう。子どもというものは、生まれてからが大変であることは私が十分十分承知しております。

私には二人の娘がおりますが、第三子が今日生まれた気持ちで、園経営にあたっていく覚悟でございます。また私は、山谷という地域で育ち人生の縮図を若くして見せつけられ、私はそれを幼児教育にかけたのであります。一人でも落ちこぼれのない子どもに育てたい。もし子どもたちが人生の失敗で山谷などに足をふみ入れた時は、私はいつでも相談に来られる窓口のある幼稚園を作ってあげたい。

ここの園は学校法人の私立幼稚園でございますから、先生方の転勤などはございません。じっくりと腰をすえて子どもたちの相談相手をしてあげたいと欲張っております。

なお、この学園の土地の誕生につきましては、地元親戚の監事の植野杉次氏のご紹介で昭和38年に買い求めました。あれから13年ほどの時間が経過しております。

当園は昭和52年2月8目、富士見幼稚園の認可が下り、当日学校法人鮎澤学園の認可が下りています。なお本日、この日を創立記念日に選んだのは、私の長女真生の満6歳の誕生日であり、当園最初の誕生児でもあるからです。
今後は、この地に五本木文庫を作り幼児の図書の貸し出しを行います。また、幼児教育の資料センターを現在作りつつあります。日本の教育資料を集めるのが目的です。ここにありますおもちゃは、20年間で私が集めたコレクションで、約1万点ございます。

話は戻りますが、父は私に生前こう申しました。

「ここに百円があるがこの百円は自分のものと思うな、思うと使ってしまう。ニつ目にお金がたまったら、社会に還元しなさい。皆さんに使ってもらいなさい」

私はこのことばをいつも心にうけとめておりましたので、当園を建設するにあたっても、すんなりと私の小さな貯金を寄付することができました。

私事ばかりの経過報告で申し訳ございません。今後ともよろしくご指導お願い申し上げます。また、地元の皆様も自分の幼稚園のつもりで声をかけ、お茶を飲みにきてください。本日はどうもありがとうございました。

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(参考)
2012年(平成24年)6月17日(日)
読売新聞 茨城版(県西・県南)



【謹呈】今日もエノキの木の下で

  • 2011年12月26日(月)更新
富士見幼稚園の創立35周年を記念して、お母さんたちが綴ってくださった、当園歳時記『今日もエノキの木の下で』が発刊されました。

振り返れば、これまでの35年は、日々真剣勝負の保育に邁進し続けた、あっという間の年月だったような気もいたします。

一つ、お母さんたちの文章をとおして改めて感じたことがあります。それは、長い時間の経過の中で一貫して変わらないこと、一方で少しずつ変化していること、これらがうまく融合することによって、今日の富士見幼稚園の保育が成り立っている、という事実です。

富士見幼稚園は、まさに「親と子と先生」で創られているのです。

これからも歩み、そして通り過ぎて行く40周年、50周年・・・に向かって、折に触れて、お手元のこの冊子を繰りながら、当園に暖かなご支援とエールをお送りくださいますよう、心よりお願い申し上げます。

平成23年12月吉日
富士見幼稚園 園長 鮎澤伊江


子どもは親の心を実演する

  • 2009年12月26日(土)更新
子どもは親そのままである。

生まれて間もない乳児は、親に心配事があると、心が落ち着かずよく眠れなくなる。
大きくなるにつれて親がその年頃にしたとおりのことを繰り返す。
親がしていることや心に思っていることでさえ、見事に実演する。
親がいくら人前で繕っても、子どもにはお見通しである。

子どもは、だんだん親に似てくると感じてきた。

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